セキスイハイムpresents

アーツ&クラフツ商会

【放送】
毎月 第一および第三月曜日
夜11:00~11:30
ナビゲータ/坂井真紀

第14回 家族の思い出を彩る肥後象嵌の押しピン

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熊本城下で江戸初期に誕生した「肥後象嵌」。
その精緻を極める伝統の技は、時代の波に翻弄されながらも現代に受け継がれ、今もなお進化を続ける。
この美しき伝統工芸のニュークラフトは、家族の空間に彩りを添える。

肥後象嵌の伝統

肥後象嵌(ひごぞうがん)
林又七の作品
チタン眼鏡フレームへの象嵌

時代の波を乗り越え受け継がれる“美”

南蛮から渡来した象嵌技術が肥後象嵌として
独自の進化を遂げたのは江戸時代初期のことである。
その開祖は、林又七なる細川家お抱えの鍛冶職人。
細川家の家紋である九曜紋と桜を透かし彫りし、
金で布目象嵌を施した作品は、又七の並外れた腕前を物語る。

そんな又七とともに、
肥後象嵌発展に尽力したのは細川忠興(ただおき)である。
戦国武将でありながら、和歌、絵画に通じ、
特に茶の湯は、利休七哲の一人に数えられるほどの風流人だ。
象嵌の技術をも身につけており、職人たちを自ら指導、
鍔の意匠に茶道のわびさびに通じる雅味を取り入れたのだ。
渋く味のある肥後鍔を身に帯びることは
細川武士にとってダンディズムの象徴に。

こうして隆盛を極めた肥後象嵌ですが、
明治になると、廃刀令により需要は激減。
多くの職人が、廃業の危機に追い込まれた。

こうした時代の流れのなか、武器を飾るための肥後象嵌は、
人びとの生活を彩る美術工芸品へと生まれ変わっていったのだ。

熊本城下に、4代続く老舗「光助」。
ガラス張りの店内の一角で作業するのは、4代目・大住裕司さんだ。
「実際、地元の方でも肥後象嵌がどんなものか知らないから、
こうして外から見えるように作業をしています。
象嵌に見て触れて知っていただきたい」。
そう語る大住さんは、肥後象嵌の新たな可能性を追求し、
商品開発に心血を注いでいる。
最近、肥後象嵌組合のメンバーと協力し取り組んだのは、
チタン眼鏡フレームへの象嵌だ。
生地は鉄でなければならないという概念を覆してみせた。
職人のたゆまぬ努力が、伝統を未来へとつないでいるのだ。

肥後象嵌の技術

肥後象嵌士 稲田憲太郎
肉厚の金属を嵌め込む高肉象嵌
鹿の角をあてて打ちこむ
叩き締め
錆び出し
お茶たき
さらに焼き付け
タングステンの棒で磨き上げ完成

精緻を極める伝統の技

名城、熊本城。
江戸時代のはじめ、この城下で武具を装飾するために
金を使った美しい工芸が生まれた。それが「肥後象嵌」である。
象嵌とは、下地とは異なる素材で紋様を象り、嵌め込む技法のこと。
肥後象嵌は、鉄の生地に金や銀で象った装飾を嵌め込み、
錆で表面を覆って仕上げる工芸品だ。

現在、その技を受け継ぐ職人は、わずか十数名。
肥後象嵌士だった叔父の影響で、
17歳で修業をはじめたと言う稲田憲太郎さんもその一人。
新進気鋭の作家として活躍中だ。
稲田さんのつくる帯留めを参考に、肥後象嵌の制作工程を見せてもらう。

工程は、土台となる生地づくりから。
この帯留めに使用するのは、厚さ0.8mmの鉄板。
下絵をもとに印をつけ、切り出す。

続いて、花びらの透かし文様を入れる位置にドリルで穴を空け、
細かいヤスリを使い、形を整えていく。
生地の周りを磨いて角を取り、
さらに先の丸い金槌で叩きながら、丸みを出していく。

完成した生地を、火で炙り柔らかくした松ヤニの作業台に乗せ、
冷まして固定。
表面を紙ヤスリで磨いたら、下準備完了。

ここからがいよいよ象嵌の作業である。
象嵌には、肉厚の金属を嵌め込む高肉象嵌と、
薄い平金(ひらがね)や線を嵌め込む布目象嵌がある。

まずは、高肉象嵌。
下絵を描いた紙の上から、象嵌する位置に鏨(たがね)を軽くあて、
生地の表面に跡をつけ、そこを0.5mmほど彫りさげる。
次に厚手の銀の板から3mmほどの花びらを削りだし、
掘り下げたところに打ち込む。最後に周りから叩きしめて完成だ。

続いては布目象嵌。
厚さ0.08mmの金と青金の薄い板から
お手製の型鏨(かたたがね)を使い、紋様を抜き出す。

続いての工程は鉄の生地の表面に溝を刻む「布目切り」である。

布目は象嵌の基本。一番大事なところです。
ここがおろそかになってしまうと、
仕上がりが美しくなくなってしまうのです
— 稲田憲太郎

縦、右斜め、左斜め、横の順に四方向から、
1mmの間に4本から7本の溝を刻む。
この状態が布目のように見えることから布目象嵌と呼ばれている。

鉄の表面にたくさんの刻みをいれることで、
剣山のような状態をつくります。
そこに金や銀の板を打ち込んでいくのです
— 稲田憲太郎

あらかじめ火で炙り柔らかくしておいた金を布目に乗せ、
鹿の角をあてて打ちこむ。するとそこに布目の無数の刺が突き刺さる。
象嵌の最後は叩き締め。
これによって金に刺さった棘が折れ曲がり、生地と密着するのだ。

独自の風合いを醸す秘伝の液

続いては鉛筆状の鉄の棒でこすり、布目を削る「布目消し」。
布目を消したら、「鎚目打ち」。
鉄の肌に細かな凹凸をつけ表情を出す。

そして肥後象嵌独特の風合いを生む、錆び出しの作業へ。
「鉄は時が経てば錆びてしまうので、後で錆びないように、
先に錆を出してしまう」という技法に使われるのは「錆液」。
硝酸やアンモニアにさまざまな成分を加えたもので、
職人によってその内容が異なる“秘伝の液”。
混ぜるものによって、錆の出方が微妙に異なるのだ。

生地全体に錆液を塗り、コンロで10秒ほど焼く。
すると鉄が一気に酸化し赤茶色に。
今度はそれを錆液のなかに浸し、再び焼く。
錆の表情がさらに変化する。
これを何度か繰り返し、納得がいく風合いに仕上げる。

続いては、お茶で30分ほど、煮出す「お茶たき」。

お茶で煮ることで表面の酸性は中和され、錆の進行は止まります。
こうしてこれ以上の変化を止めるのです。
その際、タンニン酸が染み込むことで黒に変色します
— 稲田憲太郎

お茶たきのあと、ススを混ぜた油を塗り込みさらに焼き付け。
塗料には出せない、重厚感のある黒ができあがる。

最後にタングステンの棒で象嵌面を磨き上げたら完成。
ここまでに要した時間は5日間。
唯一無二の煌めきはこうして生まれるのだ。

お客様がいいと思えるものを、
いくら時間がかかろうとも完成させる、そこを大切にしています。
伝統工芸に興味がない若い人も多いようですが、
そんな人にも楽しんでもらえるようなものづくりを通して、
肥後象嵌をひろめていきたいです
— 稲田憲太郎

肥後象嵌 × 押しピン

金線で象嵌
完成品
コルクボードを彩る

作家も驚く意外な新アイテム

今回、肥後象嵌のニュークラフツに挑むのは稲田憲太郎さんだ。
依頼したのは実用的で、なおかつ
部屋をおしゃれに飾るインテリアにもなるもの。
家族が日々目にとめる“あれ”だ。

今まで“これ”をつくろうとは一度も思ったことはありません。
かなり驚きました。でも、必ず家にあるものなので、
とても楽しみです。
— 稲田憲太郎

つねに新たなデザインを追求する稲田さんにとっても
意外なオーダーだったようだ。
さて、いったいどんなものができるのだろう。

まずは生地づくり。
直径1.3cmの円を抜きだし、それを金槌で叩き変形させる。

形をわざと歪にしてみました。
そうすることで金属っぽさがなくなるかなあと。
見た目にもやわらかな印象になるでしょう。
— 稲田憲太郎

この小さな生地にしっかり布目を切り、
金線だけで模様をつけ象嵌を施した。
熊本を代表する伝統工芸・肥後象嵌から
一体どんなニューアイテムが生まれたのだろうか――。

思い出の写真やアクセサリー、
そして家族への伝言が貼付けられたビングのコルクボード。
新たな作品は、そんなコルクボードを彩る肥後象嵌の押しピンだ。
偶数は黒、奇数は赤茶に色分け。
ポイントは、金線で象嵌されたアンティーク調の数字。
稲田さんが、想いを込めてデザインしたものだ。

僕の作品はみなさんに使っていただいてはじめて完成です。
使うときに、思わず笑みがこぼれる、
そんな人がいたら最高ですね。
— 稲田憲太郎

小さいながらも何気ない日常に彩りをもたらす、
これぞまさに肥後象嵌のニュークラフト。
目で見て、指で触れ、日々その美しさを堪能したい。

アーツ&クラフツ商会 Lot.014 肥後象嵌の押しピン

ダイジェスト動画

放送第14回:肥後象嵌の押しピン

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