セキスイハイムpresents

アーツ&クラフツ商会

【放送】
毎月 第一および第三月曜日
夜11:00~11:30
ナビゲータ/坂井真紀

第17回 仏像に想いを馳せる高岡銅器のパンケーキ焼き器

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富山県高岡市が生んだ伝統工芸「高岡銅器」。
銅器でありながら、自由で繊細な造形、しっとりとした肌合い。
400年の伝統の技を活かして、新たに生まれたニュークラフツは、
朝のひとときを彩る「パンケーキ焼き器」である。

高岡銅器の伝統

高岡銅器
城下町の風情
銅製の鋳物

困難を乗り越え、現代に継承された匠の技

北陸新幹線開通に湧く富山県高岡市。
城下町の風情が、人気を集め多くの観光客が訪れるこの町は、
2015年に文化庁「日本遺産」の第一弾として認定されたばかり。
そんな同地が誇る伝統工芸が、
日本の銅器生産の9割を占める「高岡銅器」である。

高岡銅器のはじまりは、江戸時代の初期、
加賀二代藩主・前田が町の繁栄をはかり、
七人の天才鋳物師をこの地に呼び寄せたことに由来する。
利長は彼らに土地を無償で与え、さらに免税などの特権も付与。
彼らが当初つくっていたのは、
主に鍋や釜、農具などの鉄製の鋳物だったが、
江戸中期になると梵鐘、仏具、
茶道具などの銅製の鋳物が作られるようになった。
その品質の高さと美しさから、
高岡銅器の名は日本全国に轟きわたることになる。

明治維新後、
政府は地方の産業を活性化すべく積極的に世界各国の博覧会に参加。
高岡の鋳物職人に絢爛豪華な装飾が施された銅器をつくらせ、
世界的に高い評価を得るにいたる。
やがて、太平洋戦争に突入すると、
軍用以外の銅の使用は制限されたため、
高岡銅器は衰退した。

しかし、戦後、アメリカへの売り込みが成功し、輸出が一気に拡大。
さらに高度経済成長期の建築ラッシュで
家庭用インテリアなどの需要が増加。
高岡銅器は、再び日本を代表する銅器として復活を遂げたのである。

高岡銅器の技術

備前焼に携わり20年の長男、肇さん
型を2つに分割
砂の塊を慎重にはがしていく
細かい表情を再現
「中子」を「外型」のなかに慎重に収納
固い銅を溶かしていく
銅を鋳型に流し込む
中子をすべて取り除く
深みのある「青銅色」

100以上ものピースを組み合わせてできる鋳型

高岡銅器の技を見せてくれたのは、明治35年創業の製作所に務め、
大仏や銅像などをつくり続ける大型銅器制作の第一人者、梶原敏治さん。
今回は、高さ2mの「親鸞聖人像」をつくる過程を通して、
匠の技に迫ることに。

工程は「鋳型」の外型づくりから。
まず樹脂でつくった原型を砂で覆い固めていく。
この固めた砂から、溶かした銅を流し込む「鋳型」がつくられる。

流し込んだ銅が固まったところで、型を2つに分割。
しかし、割っただけで鋳型ができあがるわけではない。
彫刻家が彫った顔の表情や衣服などのディテールを忠実に再現するため、
凹凸にはまった砂の塊(ピース)を慎重にはがしていく。
その数は、実に150にもおよぶという。
そして、外したピース(固まった砂)を
立体パズルのように外型に丁寧に組み込む。

横から、あるいは斜めから丁寧にはがしていかないと、
外れないピース(固まった砂)があります。
それらを寄せ集めてつくるのが鋳型なんです。
ものすごく多くの数のピースがあるため、
とても時間がかかります。
— 梶原敏治

10日間かけて、身体の前部分の作業が終わり、
原型の細かい表情を再現。
ここで、ようやく原型がはずされる。
そして、裏(背中)の部分も同じように
ピースを外し身体の後ろの型をつくる。
こうして外型が完成。

そして1週間後。
職人がつくった原型よりもひとまわり小さい
「中子(なかご)」という型を使う。
この「中子」を「外型」のなかに慎重に収納。
この「外型」と「中子」のあいだに生じた隙間に溶かした銅を流し込む。
つまり「外型」と「中子」の隙間が、鋳物の厚さになるわけだ。
この厚さが均一なほど、美しくきれいな鋳物になるのだという。

新しい命が誕生する瞬間へ

表と裏の型を合わせて「鋳型」が完成したら、そこに銅を流し込む。
使用するのは、美術品向けの純度85%の青銅地金。
坩堝のなかでこの固い銅を溶かしていくのだ。
このとき、温度調節がひじょうに重要だと梶原さんは言う。
「1250℃になるように調整します。
温度があまりに高すぎると、鋳物の表面があれますから、
細心の注意を払います」。

2mのブロンズ像に投入された青銅は、およそ250kg。
溶解炉に火を入れてから3時間。
坩堝の不純物を取り除くと「溶湯」が黄金色に。
これが次の工程への合図。
溶解炉を徐々に傾かせ、慎重に溶湯を容器に移していく。
一歩間違えば大事故につながりかねないだけに、
注意深い作業が求められる。

そして、いよいよ溶けた銅を鋳型に流し込む、
ブロンズ像づくりのクライマックス「鋳込み」へ。

鋳型は何週間もかけてつくってきましたが、
銅を流し込むのは一瞬の作業。
一番気を使いますね。
—梶原敏治

「鋳込み」の翌日。
銅が冷めるのを待ち、型を作品から外し、
役目を終えた中子をすべて取り除く。
大型銅器の場合、内側を空洞にしなければ重くなりすぎるため、
ここで中子を落とすのだ。

そして、ついに作品が姿を表す。
この瞬間の感動を梶原さんはこう語る。

作品が型から出てくると、新しい命が無事に生まれてよかった、
という安心感に包まれます。
この仕事は、“勘所”が多いですから、
完成品を見るまでは気が抜けないんですよ。
—梶原敏治

高岡銅器の多彩な色付け技術

続いて行われるのは、色付け。
この作業は専門業者にバトンタッチされる。
担当するのは、折井宏司さん。
38歳の若さで伝統工芸師の認定を受けた高岡のホープだ。
高岡銅器の色は多彩。表面を腐食させたり、
薬品などで化学反応を起こさせたりして、
ほかにはない、さまざまな色を生みだしている。
折井さんは、それをもっと進化させたいのだと言う。
「高岡銅器には独特の着色技法がたくさんある。
一般的に、西洋のブロンズ像が黒っぽかったり、
単色系で、比較的単調な色目が多いのとは対照的に、高岡銅器では、
青、赤、茶色など、さまざまな色合いを出すことができるんです」。
今回、折井さんが選んだ色は、深みのある「青銅色」。
親鸞上人の佇まいに重厚感をもたせるためだ。

色付けされた親鸞上人像を見て、梶原さんは万感の想いを語る。

何百年先まで残るものですから、
いつも“みんなに愛されるブロンズ像になれよ”
という気持ちを込めて送り出していますね。
—梶原敏治

制作開始から約2カ月。
高岡の職人技がまたひとつ新たな作品を生んだ。

高岡銅器 × パンケーキ焼き器

アイデアを形に
完成品

若い感性が新たな命を吹き込むニュークラフツ

現在、高岡は「ものづくりの町」として新しい産業工芸を発信している。
高岡駅前にあるアンテナショップには、
歴史ある伝統工芸から生まれた新世代の作品が、ずらりと並んでいる。
どれも可愛くて、身近に置きたいものばかりだ。

今回、新しいアイテム作りに挑戦してくれたのは、
そんな若手世代のリーダー格、定塚康孝さん。
「新しいチャレンジをしたい」
とニュークラフツの製作を引き受けてくれた。

まずは、砂で型取りを行い、銅を溶かして溶湯をつくる、
という高岡銅器の伝統を駆使してつくられたニューアイテムは、
高岡銅器の「パンケーキ焼き器」。
仏像をもつくりあげる伝統の技、高岡銅器で朝食を手づくりする贅沢。
これぞまさに高岡銅器のニュークラフツである。

アーツ&クラフツ商会 Lot.017 高岡銅器のパンケーキ焼き器

ダイジェスト動画

放送第17回:高岡銅器のパンケーキ焼き器

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