セキスイハイムpresents

アーツ&クラフツ商会

【放送】
毎月 第一および第三月曜日
夜11:00~11:30
ナビゲータ/坂井真紀

第5回 色褪せない想いを伝える尾張七宝の表札

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鮮やかな色彩と独特の質感で古今東西の人びとを魅了してきた七宝。
その最高峰に位置するのが「尾張七宝」だ。
今回のコラボレーションによって誕生した新アイテムは、家の顔ともいえる「表札」。
「尾張七宝の表札」の色褪せない輝きは、そこに暮らす家族の未来を明るく照らし続ける。

藍染めの伝統

透明釉を用いた七宝
加藤七宝製作所2代目の加藤勝己さん
加藤さんの七宝
省胎七宝(しょうたいしっぽう)

明治期に発展を遂げた七宝づくりの技

日本において、西洋よりもたらされた七宝の技法が
飛躍的な発展を遂げたのは明治時代である。
京都・東山にある清水三年坂美術館には、
明治期に世界にその名を轟かせた二人の七宝家の作がおさめられている。

一人は並河靖之。その作品は有線七宝の極致とでもいうべきもの。
とくに、並河が苦心の末生み出した透明感と深みのある黒は、
欧米で「並河の黒」と呼ばれ人気を博した。

そしてもう一人の濤川惣助(なみかわそうすけ)は、
釉薬をさした後、植線を取り去るという無線七宝の技を確立し、
日本画的なぼかしを生み出した人物である。

この二人に代表されるように
日本の七宝技術は明治期に世界の頂点にまで登りつめたのである。
実はその裏には、一人の外国人の多大な尽力があった。

江戸時代後期ごろ日本の七宝は、釉薬に光沢がなく、
不透明でべったりとしたものだった。
これを大きく変えたのは、1868年に日本にやってきた
ドイツ人化学者ゴットフリード・ワグネルだ。
お雇い外国人として、
現在の東京大学で教授を務めていたワグネルは日本の工芸品を愛し、
「日本は、欧米が失った“手仕事”の工芸によって立つべきだ!」
と考えた。

そこで尾張七宝職人と協力し、西洋の上をいく美しい釉薬の開発に挑戦。
ワグネルは自らの給与まで費やす熱の入れようだったという。
やがて世界でも類を見ない、光り輝く透明釉を完成させたのだ。

ワグネルの透明釉と尾張七宝の技は東京、京都へと広がり、
数々の名品が生まれることになった。

明治時代に高みに達した七宝の技――。
その極限の技の再現に心血を注ぐ職人がいる。
加藤七宝製作所2代目の加藤勝己(かつみ)さんだ。
4年前に会社を退いた後は古の名工たちの繊細な手仕事を継承すべく、
「ただいいものを」の一心で
手間ひまを惜しむことなく制作を続けている。
そして、銅の素地を酸で腐食させて取り除く、
省胎七宝(しょうたいしっぽう)という、現在では廃れつつあった
高度な技を苦心の末に完成させた。

こうした技は誰かが受け継いでいかなければなりません。
せっかく先人たちが編み出し伝えてくれたのですから、
私たちの代で無くしてしまうのは忍びないですよね。
ー 加藤勝己

伝統の技を未来へとつなぐため、勝己さんの挑戦は続く。

尾張七宝の技術

加藤七宝製作所3代目の加藤芳朗さん
焼成
施釉(せゆう)
釉薬が収縮しへこんだ部分を補う
研磨が終わった完成品

絶妙なさじ加減が左右する鮮やかな発色

繊細な模様と鮮やかな色彩をもつ七宝焼。
七宝とは主に、金属の表面にガラス質の釉薬をのせ
焼き付けたものをいい、イギリスではエナメル、
中国では琺瑯(ほうろう)と呼ばれている。
なかでも、日本の七宝の職人技は別格とされる。
その理由を知るべく訪れたのは、日本有数の七宝の産地、
愛知県尾張地方で3代続く老舗、加藤七宝製作所だ。

江戸時代後期にこの地で発祥した尾張七宝の技を今に受け継ぐ3代目・
加藤芳朗さんは、母の一子さんと手分けしてひとつの七宝をつくる。

まずは下引(したび)き。
銅でできた素地にのりを吹き付け、
粉上の釉薬(ゆうやく)をふりかける。
加藤さんが手にする赤透(あかすけ)という色の釉薬は、
熱を加えることで釉薬に含まれる金が化学反応を起こし、
透明感のある鮮やかな赤に変化する。
ほかにも酸化銅は緑に、酸化コバルトは青に変化するなど、
調合する金属によって発色は異なる。
七宝の表情を左右する釉薬はすべて手づくりだ。

続いては、焼成。
焼き上がりのタイミングは、物の大きさやその日の気温によって
釉薬の融け具合が異なるため、炉の温度を確かめながら中を覗き、
その一瞬を見極める。熱が冷めるに従い、現われる美しい赤透。
この色を出すのにも相当な苦労があった。

釉薬をつくる際に、温度や調合などが微妙にずれただけで、
狙った色を出せません。
ときには、色そのものが出ないこともありました。
ー 加藤芳朗

精緻な作業の積み重ねが生む高貴な輝き

下絵付けを担当するのは、母の一子さん。
模様を切り抜いた型をはめ、墨をふきつけ、
できた線を見当に、下絵を完成させる。

続く工程は植線(しょくせん)。
幅1.25ミリ、厚さ0.06ミリの銀線を下絵に合うよう
ピンセットで形を整え、特殊なのりで垂直に貼付けていく。
これは有線七宝と呼ばれる尾張七宝の代表的な技法だ。
銀線が絵の輪郭線となり、色と色の境にもなる。
その修得には「少なくとも3年ほど」(芳朗さん)を要するという
高度な技術である。
実に7時間、息をつめる緻密な作業が続く。

施釉(せゆう)では、銀線で仕切った枠内に、
筆とほせと呼ばれる竹の棒を使いわけ、水と布海苔(ふのり)で
溶いた釉薬を慎重にかつスピーディーにさしていく。

そして再び、焼成。これでようやく完成……、ではない。
せっかく焼き上がったものをハンマーで叩きはじめた加藤さん。
焼いた際、熱ではじけとんだ色を取り除き、修正を施しているのだ。
また、釉薬が収縮しへこんだ部分も補っていく。
この作業を2度、3度繰り返すことで、
有線七宝のなめらかな手触りは次第に完成されていく。

施釉と焼成を最低7回繰り返し、ようやく最後の研磨作業へ。

よりきれいな仕上げを追求した結果、
今では研磨だけでほぼ10工程もあります。
きれいに研ぎ上がった状態を確認してはじめてほっとします。
ー 加藤芳朗

完成品と研磨前のものを比べてみると、その差は一目瞭然。
光の反射の仕方がまったくちがうことがわかる。
この煌めきは、およそ1カ月にわたる精緻な作業の賜物だ。

尾張七宝 × 表札

新たな釉薬を調合していく
焼成
完成品

七宝の新アイテムは“家の顔”ともいえる表札

伝統の技法を守りながらも、
その独特の輝きで現代の暮らしに洗練をもたらす七宝。
今回コラボレーションをお願いしたのは、
そんな七宝を生かした商品開発に取り組む加藤芳朗さんだ。
どんな新アイテムに挑戦したのだろうか。

まずは素地づくり。
長方形に切り取られた銅板。
焼成時の変形を防ぐためその端に丸みをつける。
その後白い釉薬で焼き付け、下絵を施す。

続いて植線、そして施釉。
用意された釉薬はなんと20種類以上。
微妙なグラデーションを表すために、
今回新たに調合されたものである。

テーマは、七宝らしさを生かすこと。
透明感のある質感、繊細な色彩のグラデーションなど、
印刷では表現不可能な独自の質感は見所のひとつでしょう。
さらに銀線の細工もポイント。
難易度の高い仕事を施してありますので、
そこはプロもうならせることができるのではないかと
思っています。
ー 加藤芳朗

華やかさを演出するアクセントとして銀箔を乗せ、ようやく完成。
住宅のエントランスにあって、爽やかな輝きを放つ七宝。
これが今回の新アイテム「尾張七宝の表札」だ。
繊細な緑のグラデーションは、森をイメージしたもの。
さりげなくあしらわれた鳩には、
家族がいつまでも平和であるようにとの願いが込められている。

そこに住まう家族を、
そして迎えるお客をおだやかな気持ちにするこの輝き。
これぞまさしく七宝のニュークラフツである。

アーツ&クラフツ商会 Lot.005 尾張七宝の表札

ダイジェスト動画

放送第5回:色褪せない想いを伝える
尾張七宝の表札

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